東京地方裁判所 昭和53年(特わ)3243号 決定 1979年3月12日
主文
本件を東京家庭裁判所に移送する。
理由
本件公訴事実は、「被告人は、いずれも法定の除外事由がないのに、Aと共謀のうえ、第一、昭和五三年七月二五日ころ、東京都新宿区○○×丁目××番×号○○ビル内において、Bから、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの結晶約〇・一二グラムを現金一万円で譲り受け、第二、前同日、同都品川区○○○×丁目×番××号C子方居室において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン約〇・〇四グラムを含有する水溶液約〇・一五立方センチメートルを自己の左腕部に注射し、もつて覚せい剤を使用したものである。」というのであり、右各事実は、本件各証拠により明らかに認められる。そこで、以下被告人の処遇について検討することとする。
一件記録によれば、以下の事実が認められる。
すなわち、本件は覚せい剤の譲受及び使用に関する事案であるところ、覚せい剤が人体に有害で、社会にも重大な害悪を与え、今日大きな社会問題となつていることは周知の事実であり、被告人が本年四月五日に成年に達することをも考え合せると犯情は重く、その責任を軽くみることはできないが、公訴事実第一については、成人であるAが主導的地位を占めていたのに対し、被告人は従属的地位にいたことが認められ、公訴事実第二についても、被告人は、右Aに注射してもらつたものであるところ、過去数回の注射歴をみても、そのほとんどが右Aに射つてもらつているうえ、少年の覚せい剤乱用者に多いシンナー乱用の経験も、二、三回と少なく常習性は認められず、覚せい剤等の薬物に対する嗜癖も強度とはいえない。また被告人が暴力団関係者と交遊関係があつたものとは認められないものである。
ところで、被告人は、昭和五三年五月ころより、勤務先の社長の息子が暴走族○○○のメンバーであつたことから、その集会に参加するようになり、道路交通法違反をくり返し、同年七月に普通乗用自動車の運転免許の停止処分を受けたにもかかわらず、停止期間中に運転をし、免許取消処分を受けたものであるが、○○○の正式メンバーであつたものとは認められないうえ、被告人と交際のあつたメンバーらは、それぞれ刑事責任を追及され、あるいは保護処分を受けるなどして右グループの解体もすすみ、現時点において被告人が、右グループに復帰するものとは認められない。
さらに、被告人は四歳の時、父親をガンでなくしたものの、母が保険外交員をしながら、被告人とその兄を育ててきたものであり、被告人はスポーツ、特に野球を愛好し、中学、高校時代はクラブに所属していたものであり、被告人の兄は昨年春、定時制の都立高校を経て○○大学文学部に合格して自宅から通学しており、家族間のつながりもよく、保釈後は母親の下で生活しており、被告人と隣接して住居をもつ被告人の母の姉とその夫Dが、被告人の幼少時よりその世話をしていたことが認められるところ、右Dが保釈後の被告人を自己の経営する会社に雇い、同人と共に車で工場まで通勤する毎日をすごしており、今後の監督方も誓つていること等の事情も認められる。
そして被告人は高校二年生の時、高校の先輩がパーティ券を売るのを手伝つて恐喝として補導されたものの東京家庭裁判所において審判不開始となつた他は非行前歴もない。
以上認定の各事実を総合考慮すれば、殊に、これまでに一度も保護処分を受ける機会を持たなかつたものであることも考え合わせると、本件において被告人の刑事責任は決して軽いとはいえないところであるが、被告人の性格、経歴並びに生活環境を考慮し、長期の身柄拘束期間を経て保釈された後、刑事公判審理を通じて、きびしくその刑事責任を追及された現在において、再犯の可能性の認められない本件においては、被告人の犯した犯罪の罪質を重視して刑事処分を課すよりは、むしろ、本件を契機に更生の意欲を示している被告人及びその家族らに少年保護事件として更生の機会を与えるのが少年法の目的に照らして相当であると認められるので、少年法第五五条を適用して、本件を東京家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 金山薫)